2021年も終わり、2022年がやってきます。
建築家として、ものごとのデザインに携わる立場として、伝えることができたことや、表現できたことも多かったけど、その一方で、やりたかったこと、
まちなかにある民間の施設があって、それはその地元の人の個人経営ではあるんですが、多くの人が利用していて、多くの人に愛されていて、まちのシンボルにもなっていて、そうなるとほぼそれは公共施設、それも皆の心に刻まれた、まちと一体となっている公共施設以上の施設となっているといっても過言ではない建築がありました。
設備が老朽化して、年明けからは休業するそうです。実はもうこれ以上動かしていくのは難しい、という思いもあるそうです。
そんなこんなで土地や建物に携わる方から相談があり、そんな話を聞き、建て替え案の計画を少し描いたことがありました。盛夏過ぎ、秋の入口に差し掛かったころでした。
残念ながらそれは実現には至りませんでした。デザインのこと、設計や工事に掛かる時間の多さだったり、お金の話だったり。様々なことが複雑に絡み合って、建築の力だけではどうにもならず、。
しかし、本当に建築は何もできなかったのでしょうか?後から、その思いは、いつも以上に、膨らんでいきました。やっぱり何か、建築家ならではのことはもっと言えたり、示せたりしたのではないか、。
確かに、建築という仕事は、設計であっても、施工であっても受ける側の立場です。何年も前から言われていることですが、特に設計者ってもっと仕事を作っていく立場になることができるのではないか。
普段からの備え、というか、もっとまちなかの人たちと時間を共有したり、物理的な時間は難しくても、もっともっとまちのことを知ったり、もっとまちがこうなったら良いのではないか、ということを、単なるデザインすることにとどまらず、一歩踏み込んだ提言を用意するなどの備えや構えができるのではないか、。もっとまち全体が良くなっていくことへの、種まきや耕しができたのではないか、できるのではないか、。
自分も少しではあるものの、まちづくり活動のプラットフォームを持っている立場として、22年は、きっと、もっとそれを考え、実践していく年になるんだろうな、と、どんよりとした雲の合間にも澄み渡る青色が見える、そんな21年末日の空模様を見て思いました。